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東京高等裁判所 昭和37年(う)2267号 判決 1963年2月21日

控訴人 被告人 石橋満

弁護人 井上正泰

検察官 渡辺薫

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上正泰が差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

論旨第一点について。

記録によれば、本件については、佐倉簡易裁判所に対して略式命令の請求があつたが、同裁判所裁判官立沢貞義は略式命令をすることが相当でないと認め、通常の公判手続に従つて審判をすることとし、その旨を検察官に通知し、関係記録を検察官に返還した上、同裁判官が本件に対する同裁判所における公判審理に当り、その第一回公判期日は弁護人が出頭しなかつたため変更になつたが、第二回公判期日においては刑事訴訟法第二九一条の手続を終つた後、証拠書類の証拠調をした上被告人に質問してその供述を求め、第三回公判期日には本件は地方裁判所において審判するのが相当であると認めてこれを管轄地方裁判所である千葉地方裁判所佐倉支部に移送する旨の決定をしたが、その後も右支部裁判官を兼ねていた同裁判官が同支部裁判官として本件に対する同支部における公判審理に当り、公判期日を二回開廷し、且つその間一回検証をして本件の審理及び判決をしていることが明らかである。しかし、憲法第三七条第一項にいわゆる公平な裁判所の裁判とは、その組織、構成において偏頗でない裁判所の裁判を指すものであり、個々の事件について担当裁判官に不公平な裁判をするおそれがあると思われるときは訴訟関係人はその裁判官を職務の執行から排除するため忌避の申立てをすることができるものであつて、たまたま被告人に不利益な裁判がなされたからといつて、この一事によつてただちにその裁判が憲法第三七条第一項に違反しているとすることはできない。そして立沢貞義裁判官は法律上佐倉簡易裁判所又は千葉地方裁判所佐倉支部の裁判官としての職務の執行から除斥されるべき事由はなく、且つ佐倉のように一人の裁判官が簡易裁判所の裁判官と地方裁判所支部の裁判官とを兼任している裁判所においては本件のような経過で簡易裁判所及び地方裁判所支部を通じて同一の裁判官が事件の審理及び裁判をすることも訴訟法上やむを得ないところであつて、この一事をもつてただちに右審判を違法であるとすることもできないし、又記録を精査しても被告人及び弁護人からこれを理由として立沢貞義裁判官に対して忌避の申立てをした事跡も認められず、なお前記審判の経過に徴すれば同裁判官が予断を抱いて本件の審判に当つたとは認められず、又記録を精査しても同裁判官が不公平な裁判をするおそれがあつたと認めるに足りる証左もない。従つて本件の裁判を目して憲法第三七条第一項に違反してなされた不公平な裁判であるとすることはできないし、又原裁判所の訴訟手続に判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があつたとすることもできないから、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事加納駿平 判事河本文夫 判事清水春三)

弁護人井上正泰の控訴趣意

第一点原判決には、訴訟手続に法令の違反があつて、その違反は判決に影響を及ぼすこと寔に明らかである。

一、本件について、検察官小棚金次郎は、罰金刑を相当として、昭和三七年五月一七日佐倉簡易裁判所に略式命令を請求したところ、同裁判所立沢裁判官は、略式命令をすることが相当でないと思料せられ、同年同月三〇日その旨を検察官に通知した。

と同時に同裁判所は刑事訴訟規則第二八九条に定める書類及び証拠物を検察官に返還した。

そこで通常の規定に従い、審判が開始され原判決が宣告せられた訳であるが、此処に問題となるのは、小棚検察官から、略式命令の請求を受けた裁判所が、裁判官によつて、略式命令が相当でないとして、検察官に通知せられ、検察官から差し出されて居た証拠書類が全部返還された場合、裁判官は右の証拠書類を全部読んだ上で、略式命令が不相当であると思料して、これを検察官に通知し、その結果正式裁判手続に移行するのである。

本件は当然地方裁判所の管轄であるから千葉地方裁判所佐倉支部の管轄として、同裁判所に於て公判が開始せられ、立沢裁判官が審理に当られたのである。

二、地方裁判所乙号支部及びその管轄下にある簡易裁判所は概ね一人の裁判官が裁判を担当されて居るが、裁判官が一人であるから、略式手続の請求を受けた裁判官が、公判手続の審理をしても差支ないと云う理論は成立たない。

何となれば、刑事訴訟法第二五六条第六項に於て、起訴状には、裁判官をして、事件につき予断を生ぜしめる惧れのある書類その他の物の添付を禁じて居り、起訴後も第一回公判期日までは、斯様な書類を提出することが出来ないのは、この規定の趣旨から云つても当然である。

然るに略式手続請求があつた際、裁判官は当然検察官提出の証拠書類を見られる訳であつて、その結果略式命令が不相当であると思料されるのであるから、その事件の全貌について既に知悉されて居る訳である。

その裁判官が公判に於て審理をされることは明らかに、憲法第三七条第一項に規定する公平な裁判の理念に背馳することであつて、起訴状一本主義の新法の精神を滅却するものである。

三、そこで、従来も略式命令を受けた者が正式裁判を請求した場合に、裁判所に於かれては略式命令を出した裁判官以外の裁判官が正式裁判手続に関与されて居り、一人の裁判官だけの乙号支部に於ては、簡易裁判所事件について、他の裁判所から転補されて審理を行つて居られることは顕著な事実である。

されば右の正式裁判手続と全く同一の刑事訴訟法第四六三条に該る場合に於ても、当然他の裁判官によつて審理されなければならないと思料する。

然るに、原判決は右の当然要請される訴訟手続に違背して為されたものであるから、訴訟手続に法令の違反がある場合に帰し、その違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄さるべきものであると信ずる。

(その余の控訴趣意は省略する)

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